株ブログ はっしゃん式 長期株投資

50歳代エンジニア兼業投資家。金融資産2億円に到達。月次情報と理論株価の分析をライフワークに、ストレスのかからない「スロートレード」を実践しています。

<8312>北海道拓殖銀行の破綻と平成金融危機

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<8312>北海道拓殖銀行の破綻と平成金融危機

今回は21年前の1997年11月に経営破綻、
後に平成金融危機と呼ばれる銀行連鎖破綻の
先駆けとなった北海道拓殖銀行の株価チャートです。

発掘チャートのエントリーは、
様々な銘柄の記憶に残すべき場面を
株価チャートで再現して
振り返っていただこうという企画です。

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平成金融危機

バブル崩壊から8年目の1997年。
都市銀行の一角であった
北海道拓殖銀行の破綻を契機に
日本経済は戦後最大の金融危機を迎えます。

拓銀破綻の1ヶ月後に拓銀の主幹事証券だった
山一証券が破綻

翌98年に拓銀と関係が深かった長銀
さらには日債銀へと破綻が連鎖し、
金融危機はピークに達します。

バブルが崩壊したとはいえ、世界随一の経済力を誇る
日本経済がこのようなハードランディングを迎えるとは、
誰しも考えていなかったことでしょう。

消費税増税とアジア通貨危機

拓銀破綻から半年前、橋本内閣は消費税を5%に増税し、
日本経済は長期デフレーションに突入していきます。

さらに97年7月、タイ通貨暴落から始まった
アジア通貨危機が韓国や東南アジア経済を直撃し、
ロシアやブラジルなどの新興国にも波及します。

当時の銀行はバブル期に高騰した不動産を
担保にした融資がバブル崩壊で次々と不良債権化し、
景気の底入れを待っている状況でしたが、
まさかのデフレと通貨危機で焦げ付きが発生
体力に劣る下位銀行は、時間稼ぎしかできない
状況に陥っていきます。

発掘チャート<8312>拓銀

拓銀もカブトデコムなどへのずさんな融資や
飛ばし行為による不良債権隠しで負のスパイラルとなり、
マスコミ報道で問題が表面化すると預金流出も発生
97年11月17日に経営破綻を発表しました。

■週足チャート(1997年1月-1997年12月)
1997年の拓銀破綻時の株価チャート

拓銀株には、売り注文が殺到し、
破綻発表前に65円だった株価は、
19日に5円で寄り付き
最後は1円で市場から退場しました。

平成金融危機後の日本経済

その後は銀行への公的資金注入
実質破綻行の救済合併により、
都市銀行はメガバンクに再編され、
不良債権問題も先送りされたものの、
99年以降も地銀8行が次々と破綻。

結局、銀行のバブル精算が終わるのは、
足利銀行の破綻後、りそな銀行が国有化される
2003年までかかることになります。

■バブル崩壊後に破綻した上場銀行(11社)
8532 兵庫銀 1995年
8546 太平洋銀 1996年
8557 阪和銀 1996年
8312 拓銀 1997年
8547 徳用シティ銀 1997年
8303 長銀 1998年
8304 日債銀 1998年
8525 なみはや銀 1999年
8534 東京相和 1999年
8538 新潟中銀 1999年
8352 足利銀 2003年

りそな国有化から5年後の2008年には、
リーマン・ショックという世界規模の信用収縮が発生しますが、
上場銀行の破綻はありませんでした。

もっとも、日本経済はリーマン・ショック後の超円高や、
2011年の東日本大震災などから低迷が続き、
2013年のアベノミクスからようやく回復に転じました。

参考書籍

あとがき

私たちは株価チャートを
結果から見て評価する傾向にありますが、
実際の相場は現在進行形ですから、
当時の業績や市場期待、需給を投影した
株価チャートは貴重な実録データです。

・ブラックマンデー(1987年)
・バブル相場(1989年)
・ITバブル(2000年)
・NYテロ(2001年)
・リーマン・ショック(2008年)
・東日本大震災(2011年)

「賢者は歴史から学ぶ」といいます。
今も昔も株式投資の基本コンセプトは
「将来、値上がりしそうな株を買う」
ということで同じですから、
過去を知るということは、
未来を知ることに通じると思います。

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